【シャニマス】黛冬優子「ノーガードって打ち鳴らせ」
「え、あの子らの歌、激ヤバじゃん……?」
衣装を身にまとい、落ち着かない様子で隣に立つ和泉愛依は「すっご」と感嘆の声をもらした。悔しいけど、同感。かつかつかつかつ、自分の足元で靴音が響く。そのかすかな音に、ふゆも焦っていることを自覚する。
「最悪。これの後に出番とか……!」
「ここじゃよく聞こえないっすね。もっと近く行ってくるっす」
「やめなさいっての、あさひっ……」
舞台袖ギリギリまで顔を出そうとする芹沢あさひの首根っこを掴んだ。
そんな落ち着きのないとこを審査員にでも見られてみろ、それだけで減点モノだ。
ため息をつく。合格した新人アイドルはW.I.N.G.出場がほぼ確定し、箔がつくとも言われるオーディション。
流行や審査員の影響力を考慮して、ふゆたちは歌によるアピールを武器に挑もうとしていた。
そこに、これだ。今歌ってる子たちは多分、ふゆたちより上手い。
「ふ、冬優子ちゃぁん……うちら、大丈夫、だよね?」
「そのために考えてるっ……! アピール、ダンス中心に切り替えた方がいいかも」
「う……やっぱそうなる系? ショージキ、ちょっと自信ないけど……やるしかない、よね」
声を震わせながらも覚悟を決めたらしい愛依だけど、その姿がむしろ、ふゆがやろうとしていることのリスクを冷静に突きつける。
無理じゃない。でも、ボーカルレッスンを中心に調整してきたふゆたちに、ぶっつけ本番でうまくやれる保証はないのだ。
だから、これはどっちがマシかの選択になるってこと。それを決めるために、もうひとつ愛依に問う。
「あの子たちより上手く歌う自信、ある?」
「……キツい、かも」
「そうよね、ふゆも自信ない。……気持ちで負けてんのよ。認めたくないけど」
力不足を認めるのは不本意だけど、負け戦に挑むわけにはいかない。必要な打算、そのはずだ。
もっとも、その決断を下すためには大きな壁が残っていた。
「あさひ、聞いてた?」
「…………」
ふゆに首根っこを掴まれたまま静止する、あさひを納得させられるだろうか。
声をかけながらその身体を揺する。反応しない。
「あさひ、話があるの。戻ってきな、さいっ」
「……!」
ぐるりと無理矢理にその身体をこちらへと向けさせる。ぴくんと反応したような気がした。
あさひの軽い身体は、こういう時だけは助かる。
あのめちゃくちゃなフットワークの助けになっているのだと思うとシャクだけど。
「……今の感じ。そっか、あの声、もしかして……」
「あさひ? ちょっとでいいから聞きなさい。この後のふゆたちの出番だけど……」
「前の子たちより、上手く歌えばいいんすよね」
平坦な、心ここにあらずとばかりの声。
ふゆたちの会話を聞いていたのかわからないけど、そこには有無を言わせない迫力があった。
覗き込んだ瞳は吸い込まれそうなほど無垢で、ぞっとする。
確信した。どう言い聞かせようと今のあさひは絶対に言うことを聞かない。
これからこいつの本能任せの行動に、ふゆたちは巻き込まれるのだ。
「ごめん愛依、予定変更はナシ。あさひに合わせるわよ」
「う、うんっ。……いつものうちららしく、っしょ?」
思いきり緊張してるのが見え見えなのに、そうこなくちゃって言いたげな笑みを浮かべる愛依が理解できなくてなんかムカつく。
アドリブとか、苦手なくせに。
「いつもであってたまるかっての」
「…………出番っす」
そろそろお決まりになってしまった恨み言と、我関せずなあさひの声が重なった。
目を閉じて、開くと同時に笑顔を作るけど、上手く笑えているかは自信がない。
あさひから一拍遅れて歩き出した愛依の所作は、固いようでアイドル和泉愛依のキャラに合っていた。少しうらやましい。
エントリーナンバーで呼ばれ、音楽が流れ始めた。
本当に勝てるのか、という不安は、一瞬で吹き飛ばされることになる。
ふゆたちの中心に立つあさひが、振り付けのほとんどを無視してマイクを強く握り込んでいた。