【俺ガイル】『(やはり)俺(に)は友達がい(ら)ない』【後編】

【俺ガイル】『(やはり)俺(に)は友達がい(ら)ない』【後編】

【俺ガイル】『(やはり)俺(に)は友達がい(ら)ない』【後編】

489: 2017/03/30(木) 02:23:57.37 ID:vylvFlXW0
【俺ガイル】『(やはり)俺(に)は友達がい(ら)ない』【前編】

八幡「俺は、 ――――― 」

あれだけ繰り返し繰り返し何を言おうか考えていたはずなのに、由比ヶ浜を前にいざ口を開こうとすると、何ひとつ言葉が出てこない。

ガラスの壁面を一枚隔て、低く唸る海風の音ばかりが耳に遠く、くぐもって聴こえてきた。

結衣「 ――― あのね、前にも言ったけど、あたしってホントはズルイし、すっごい欲張りなの」

ふたりの間に落ちた沈黙を優しく埋めるかのように、由比ヶ浜が訥々と語り始める。

結衣「ゆきのんの気持ちにも、ずっと前から気が付いてたのに、留学するって聞いた時、もしかしたらチャンスかもしれないって」

溢れ出ようとする感情を懸命に堰き止めようとしているのだろう、湿り気を帯びたその声は、今にも途切れそうで心許ない。

だが、 ――― それは違う。卑怯なのはむしろ彼女にその言葉を言わせている俺の方だ。

490: 2017/03/30(木) 02:28:03.94

例え嘘でも欺瞞でもいい。それでも俺は欲しかった。

本当の自分の居場所、通じ合う気持ち、言葉にしなくても伝わる何か、いつでも手を延ばせば届くと思われた平穏。

そんな小春日和の陽だまりのような居心地のいい場所が、奇跡のような時間が、いつまでも長続きする訳ないことなど、とうに気が付いていたはずなのに。

歯車の軋みに気が付いたのはいつなのか。ふとした瞬間、三人の間に流れるぎこちない空気に気が付きつき始めたのはいつ頃からなのか。今思えばそれとても定かではない。

しかし俺は、やっと手に入れたかけがえのない時間を、俺が俺のままでいることの許された、ただひとつの場所を失うのが恐かった。

だから敢えてそのことに気が付かない振りをして、ゆっくり朽ち果ててゆくかのような緩慢な氏の方をこそ選んだのだ。

自らの手で、自らの否定してきたものを守らんがために。

491: 2017/03/30(木) 02:30:23.83

結衣「あのね、今日、ヒッキーに会うこと、ゆきのんにも伝えてあるの」

八幡「そう …… なのか」

だが、由比ヶ浜であれば当然そうするだろう。だからその告白自体、別に驚きはしない。

結衣「それでね、あたし、ちゃんとヒッキーに自分の気持ち伝えるからねって」

そこで言葉は切れ、押し寄せる感情の負荷に堪え切れなくなったのか、そっと顔を俯ける。

結衣「 ……… そしたら、ゆきのん、“あなたならきっと大丈夫よ。頑張ってね”って」

続く言葉は、消え入るほどに小さくなり、ともすれば風の音に紛れそうになる。

492: 2017/03/30(木) 02:33:13.89

結衣「あのね、うまく言えないけど、ヒッキーとゆきのんって、そういうところもよく似てるって思うの」

無理に絞り出すような明るい声が俺の胸に突き刺さる。こいつにはいつも明るい笑顔でいて欲しい。そんな風に悲しそうに微笑んで欲しくない。

それができない自分の無力さに、大切なものすら守ることのできない己の不甲斐なさに、いつも以上に嫌気がさす。

結衣「全然違うようだけど、すっごく似てるの。冷めているようでいて、ホントは優しいところとか」

八幡「 ……… 俺は優しくなんてねぇよ 」

変化を恐れるあまり、ずっと逃げ続けてきただけだ。単に他人と関わりを持つことで自分が傷つきたくなかっただけだ。

結衣「ゆきのんは嘘を吐かずに、ヒッキーは嘘を吐いてでも他人を助けちゃうの。ふたりともやり方は正反対なのに、やってることは同じで、自分が傷だらけになっても最後はひとりでみんなを救おうとするの」

そうじゃない。俺も雪ノ下も、由比ヶ浜に出会うまでは、他人を信頼し、頼るという事を知らなかっただけだ。

493: 2017/03/30(木) 02:35:56.29

結衣「だから ――― だから、だから今回もきっと、ゆきのんもヒッキーもあたしのために ――― 」

もう十分だ。今のままでいいじゃないか、何もなかったことにして、残りの時間を三人でまたあの場所でずっと温め合えばいい。
お互いの傷口を舐め合いながら、ぬるま湯に浸り続けていればそれでいい。

それの何がいけないのか。誰に俺たちを否定する権利があるのか。

だが、その一方で、俺の中の別の声が抗う。

泥に塗れてまで貫いてきた信念、傷だらけになっても守ってきた矜持。それがひとりよがりの思い込みに過ぎないにしても、ここで妥協するわけにはいかない、と。

例えそれが、他の誰かを傷つけることになったとしても、自分の心に決して癒えることのないを疵を刻み付けることになるとしても。

そして、その声は再び問いかけてくる。それでもお前は本当に“本物”が欲しいのか、と。

―――― その答えはとうに出ているはずなのに。

494: 2017/03/30(木) 02:40:59.57

結衣「あたしは、自分の気持ちを正直に伝えたよ。だから、だから次はヒッキーとゆきのんの番」

八幡「 …… そうだな」

結衣「ねぇ、正直に答えて? ヒッキーはゆきのんのことが好きなの?」

八幡「 ……… ああ」

その問いに対する答えは、素直に俺の口から滑り出ていた。ここで今更嘘をついても意味がない。
そんなことをすれば、由比ヶ浜の覚悟を、彼女の誠意を踏みにじることになってしまう。

結衣「 ……… あたしのことは?」

八幡「 ……… 好きだよ」

結衣「 ……… でも、あたしよりもゆきのんの事が好きなんだよね?」

八幡「 ……… すまん」

謝ってどうにかなる問題でもない。そもそも謝るべきものなのかどうかすらも判然としない。それでも俺は謝る事しかできない。
それが偽善だとわかっていながら、それが彼女を更に傷つけるとわかっていながら。

同時にその言葉は俺自身にも深い傷を負わせる。
だが、その傷は己にだけには正直であろうとあり続けた俺が唯一、自分自身に吐きつづけた嘘に対する代償であり、俺の支払うべき代価なのだろう。

結衣「あたしの方が先にヒッキーのこと好きになったのに …… 」

八幡「 ……… 先とか後とかの問題じゃねぇだろ」

結衣「 ……… そうだね」

こみ上げてくる嗚咽を無理に飲み込み、流れ落ちようとする涙に堪えようと天を仰ぐ。歪んだ視界に天井の照明が滲んで見えた。

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