【モバマス】北条加蓮と過ごす夏
炎天下、つんざくような蝉の声。
意図せず短歌となってしまった景色の向こうには、照り返された陽射しに溶けるコンクリートの群れ。
ビルの窓が、道路が、そして何より遮る物なく降り注ぐ夏の化身が、ただひたすらこの一日を暑くしている。
路上を走る車達も、心なしこの暑さにイラついている様に見えて。
そんな、絵に描いたような夏の始まり。
七月十二日、俺はポツリと呟いた。
「…………あっつ……」
言ったところで涼しくなる訳では無いが、一言くらい愚痴ったって許されるだろう。
それ程の暑さと、それ程の熱さと、あとそれ程の心地悪い汗。
こんな事なら事務所の冷房が効いた部屋で麦茶片手にパソコンとにらめっこしていれば良かったと後悔する事約二秒。
まぁそんな事アシスタント兼事務員の千川ちひろさんが許してくれなかっただろうなと内心で納得(諦念)してしまうまで後0秒。
芸能事務所に勤めている俺は、二時間ほど前からこのクソ熱い炎天下の中をアリの様にひたすら歩き回っていた。
目的はとても単純、スカウトである。
ある程度の見た目の基準を満たしてそこそこ育ちの良さそうな女の子に声を掛けるお仕事。
ぶっきらぼうにあしらわれたり警察を呼ばれかけるお仕事とも言う。
「そこのキミ、可愛いね。アイドルに興味あったりしない?」
「今時間ありますか? 私、アイドル事務所の者で今スカウトやってるんですが」
「アイドルどう? テレビ出れるよ?」
実際自分の娘が見ず知らずの男にそんな風に声を掛けられていたら迷わず警察を呼ぶと思う、まだ未婚だが。
警察が来るのを待っている間に罵詈雑言フルコースのおまけ付きだ。
一応俺の勤めている事務所は業界内でも最大手クラスの、おそらくテレビを見ていれば一度は耳に挟んだ事くらいはあるであろう事務所なのだが。
問題は、殆どの場合きちんとした自己紹介まで漕ぎ着けて名刺を渡すところまで辿り着けない事だ。
更に言っておくと、俺もここまで砕けた口調のスカウトはしていない。
今回は普段の『取り敢えず人数を増やす、手持ちの卵を増やす』為のスカウトでは無い。
『新規ユニット(予定)のメンバーを確保する』為のスカウトなのだ。
ならば事務所に既に所属しているアイドルに声を掛ければいいものを、と思ったし言ってはみたがどうやらそれは専務直々の意向という事で。
と、言う訳で。
今こうして、この暑い夏のど真ん中でせっせと自分内の基準をクリアする女の子を探しては、声を掛けて追い払われるのループを繰り返していた。
ちなみにだが、ユニットの最終的な人数は四人又は五人。
現時点では二人が確定していて、そのうちの片方である女の子は……